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ささはの日記帳

日記のようなブログ

5年前

五年前は高校二年生でした。





15時から始まる部活に行こうとしていた時でした。




未だに忘れない。





自分は中部地方に住んでいるので、大きな揺れではありませんでした。





しかし、とても長い前奏のような初期微動、その後不安を煽るような長い揺れ。





その時はまだ何も知らなかったので、「ヤバいの来たっぽい?」と不謹慎ながら好奇心でテレビをつけました。


 




たしかチャンネルはミヤネ屋になってた。







とても大きな地震があったらしい。






東京でも大きな揺れ。









ニュースを聞きたかったのだが、部活に出発。




部活中も地震の話題。





揺れたみたいだね。

そうみたいね、東京とかはもっと凄かったみたいね。





そんな感じ。





練習は短かったので、早めに帰宅した気がします。






そのままテレビを見ることなくに親と買い物へ。





親も家に帰ってテレビは見ておらず、その時の情報は携帯のニュースとラジオからのみ。






ここで聞いたニュースについては正直よく覚えていない。




しばらくしてイオンに到着。







家電売り場のテレビ画面を見て固まってしまったことはハッキリと覚えています。






津波の映像。






初めは意味が分からなかった。




理解できなかった。





え、何これは。








今でもその時のテレビ画面に流れていた映像を鮮明に思い出すことができる。






買い物も夕食もどうでもよくなった、というよりもそんな事考えられなかった。






本当に不謹慎なのだが、こうやって社会は作り替えられていくのかな、なんて考えたりもした。






これ以上は長くなるので、一昨年夏の話へ。





東北へ行ける機会がありまして。





行って参りました。




もちろん被災地見学もしてきました。





土地を作り直している場所。






建物の骨組みだけ残っている場所。





地面が割れていたり、海岸線が変わっている場所。





いろいろ見させてもらいました。







見てて怖くなった。





あの一日の災害でここまでなにもかも変わるのか、と。






この場所の人も流されていっただろうとか。




ここにあった建物にいた人も流されてしまったのだろう、とか。







考えたらきりがない。






そんな街も人間は再び作り直そうとしている。





新しい街も見に行きたい。








今日は不謹慎なことばかりになりそうで怖いのだけど、正直に思っていることを書くことにしよう。


ここからは自分の話です。






恋人、友人、親族等にもしものことがあったら、自分はとても悲しむだろうと思う。




震災のニュースでも、遺された人々の悲しい言葉を聞くことがある。





自分の町があのようになったとしたら、怖くてまともな生活ができない気がする。





もういっそ死にたいと思う気がする。





それでも生きるのが人間なんだろうと思うけど、辛くて死にたくなるのもまた人間ですよね。




もちろん全員が無事なのが一番です。



人が死んで悲しみたくないから、いっそ自分も死ぬ。しかし皆は悲しまないでくれ自分には悲しまれるような価値は無いのだから。

なんてのもとても独りよがりで自分勝手ですよね。




自分に何かがあって人を悲しませることはしたくない。申し訳ないし自分のためにそんなところでまで迷惑を掛けたくない。

なのですよ。




自分は心身ともに脆いのでいつ何があっても気にしてはいけないのですよ?と仲のいい人には言いたいですもの。言わないけど。





こうやって書いているだけでナイーブというか変な感じになってますもの。





本当に生きたい人のためにこの命を譲れたらなんて嬉しいだろうって本当に思う。



あかん疲れと眠気で超絶暗くてよくわからないことになってる。






これは記事に残すけど話し半分で読んでくださいね





自分のことで悲しむ人間を作らないようにするのではなく、悲しませないように努力しよう。




5年前の災害で被害を受けていないのだが、考え方や価値観には大きな影響を受けた。





こんな感じでまとめます。




おやすみなさい。